MOTARD WORLD!!

2007年の最終コラムはOPB(MOTO1パイロット大森裕記選手)に締めくくっていただきます。

■第11回■

2007年モタードに関する総評 by OPB

今年実際に現場(サーキット)へ足を運んで見たMOTO1のレースは、第3戦エビスサーキット、第4戦スポーツランドSUGO、第6戦セキヤヒルズ、そして第7戦ツインリンクもてぎで、全7戦のシリーズ戦の内の4レースでした。
そしてその中で第4戦スポーツランドSUGO、第7戦ツインリンクもてぎは実際にレースに参加し、その他の2レースについてもMOTO1のトップクラスに位置するライダーのメカニックとしてサーキットへ行きましたので、レースに参加して走りながら感じたことに加え、メカニックという第三者的な立場から冷静にレースを観戦できたと言えます。


2007年シーズンもいろいろあったMOTO1を振り返る。

●MOTO2クラス・・・レース回顧
リザルト(レース成績)を見れば一目瞭然ですが、#5 佐々木貴志選手の7戦中4勝という成績が飛び抜けていますね。
彼が得意とする勝ちパターンは先行逃げ切り(特にスタートした1周目の走りは気持ちいいくらい勢いを感じます。)で、対照的にランキング2位を獲得した#13谷田部高則選手は追い込み型のレースが得意(?)なようで、#5 佐々木選手を追いかけるのは“いつも”#13 谷田部選手というパターンであったという印象です。振り返ってみれば、#5佐々木選手が安定した成績でタイトルを獲得したかに見える今シーズンのMOTO2クラスがとてもエキサイティングであったのは、トップを争った2人のレーススタイルが対照的であったことも大きな要因であったのではないかと推測しています。
とにかく逃げる#5 佐々木選手、追い上げる#13 谷田部選手という印象が強い(そうと分かっていてもレース展開はおもしろい!)2007年シーズンでしたが、唯一このパターンが崩れたレースがありました。それは第5戦のスズカツインサーキットのレースで、トップを走る#13 谷田部選手を#5 佐々木選手が追い上げて終盤に差し切って優勝しました。このレースは天候(前日が雨)の影響でフルターマック(ダート区間なし)のレースとなったため、これもレース展開に変化が現われた要因だったのかもしれません。
そしてこの2人に土を付けてMOTO2クラスで優勝を飾ったライダーが二人いて、1人は悪天候(雨)の難しいコンディションを克服して伊那サーキットにおける開幕戦を制した#8 水庫由喜選手、そしてもう1人は第6戦のセキヤヒルズで勝った#9 金児隆太選手。
#9 金児選手は第3戦エビスサーキットのレースにおいて、優勝にかなり近い位置でトップ争いをしながら結果は4位(確か最終ラップに抜かれて一気に4位へと下がってしまった。)となり、ものすごく悔しそうな顔をしていたのを覚えていたため、セキヤヒルズでの初優勝した時の嬉しそうな顔が余計に忘れられないいい顔として記憶に残っています。彼はまだ二十歳(今の日本のモータースポーツ界にはとにかく若者が少ない!)のライダーで、若い選手が育つ様は、見ていて気持ちがいいものですね。
ただ、最終戦のツインリンクもてぎでのレースでは、やはり#5佐々木選手と#13谷田部選手の2人が他の選手をぶっちぎってバトルを繰り広げていたところを見ると、2007年はやはりこの2人が中心だったシーズンのように思います。
MOTO2の今シーズンの締めの言葉は・・・良きライバルの存在は、観る者にも感動をもたらす。・・・といった感じです。


MOTO2グリッド・・・#5佐々木選手(通称ささやん)、#9金子隆太選手 *Rd3エビスサーキット


●MOTO1クラス・・・レース回顧
MOTO2クラスの一騎打ちムードに対してMOTO1クラスの優勝者は同じく4人なのですが、#13 大樂竜也選手、#2 佐合潔選手、#1 松本康選手の3選手が2勝ずつをあげて勝利を分け合う形となりました。これ以外で勝ったのは#6 森田一輝選手のスポーツランドSUGOでの1勝ということになります。
また、シリーズランキング3位を獲得した#4 増田智義選手のように優勝はありませんでしたが、2位3回、3位1回と表彰台の常連となった彼の存在も大きかったですし、表彰台を3回獲得した#54 星野 ユウイ選手も常にトップ争いに絡んでいた印象で、まさに混戦模様のMOTO1クラスであったと言えます。
そんな中で印象に残ったレースをご紹介いたします。
特に印象的だったのは、第3戦エビスサーキットでのレースにおいて、最後までトップ争いを演じた#1 松本選手と#2 佐合選手のドッグファイトで、その走りは誰も寄せ付けないすさまじいものでした。まさにMOTO1 2007年シーズン・ベストレースと言えるものでした。
そして第4戦スポーツランドSUGOでのレースでは#6 森田選手が優勝を飾りましたが、こう言っては何ですが彼のために用意されたような、完璧なレース運びでしたね。本当に、あの日彼にかなう人はいませんでした。もちろんこの優勝に至る布石は第2戦の広島でのレースあたりから始まっていて、ターマックでの速さと上手さにますます磨きがかかってきた印象です。
第6戦セキヤヒルズは、運営側にも大きな教訓を残したレースだったと思います。
上位入賞の車両がMOTO1クラスで2台、MOTO2クラスで1台、音量違反(最大音量がレギュレーションで決められており、決勝後の車検において規定値以上と判定されたが、その裁決の推移に少々後味の悪いところがあったと言えます。)で失格となる事態がおきました。このレースでは音量計測の仕方(+車検のあり方についても)、スタート進行などにおいて、スムーズさを欠いた出来事が意外と多かったと言えますが、このような事実を踏まえて将来的な改善とモタードレースを発展させるためにも運営側と参加側との意見交換がもっと行われることを期待するというポジティブな解釈をしています。
チャンピオン争いは最終戦である第7戦ツインリンクもてぎまで持ち込まれ、この時点でチャンピオンの可能性を残すのは#13 大樂選手、#1 松本選手、#4 増田選手の3名でした。
特に#4 増田選手は勝利以外にチャンピオン獲得の可能性(なおかつ他の選手の成績次第という立場)がなく、実際のレースでは勝利というただ1点にこだわった熱い走りを見せてくれましたが、惜しくも2着に敗れました。印象的だったのは、表彰式でのインタビューにおいて#4増田選手が、「あとちょっと… いや、私が遅かっただけです!!」と言い切ったことです。実際にはよほど悔しかったんだと思います。トップになれるチャンスが間違いなくあったのです。最終ラップ第2ダートの出口、もう少しだけ、後ほんの少しだけ進入スピードを落としていたら、彼は勝つことができたかもしれません。レースが終わった後、ハンドルバーに伏せたままなかなか顔を上げなかった姿が凄く強く記憶に残りました。(KRAZy Vol.5をご参照ください。)
それは1位と2位と言うよりも、勝者と敗者、そんな感じを受けました。
MOTO1の今シーズンの締めの言葉は・・・リザルトから実力は見えない。・・・という意味深な感じです。


MOTO1シャンパンファイト・・・優勝は地元仙台の#6森田一輝選手 *Rd4スポーツランドSUGO

なんか、サーキットへ実際に見に行ってないと分からないような文章になってしまいましたね。
苦労(?)して慣れない文章を書いていますが、正直現場の臨場感を伝えることには限界(良い意味でですよ!)がありますので、来年は是非、直接見にいらしてください。
他のカテゴリーのレースでは考えられないくらい、選手とお客様との距離が近い競技です。


●MOTO1というよりもスーパーモタードの将来性とカテゴリーの発展について
全日本MOTO1に関して言えば、現状では参加人数は頭打ちの状態だと思っています。
今年限りでMOTO1を去る人の噂も聞きますし、クラスを変えて入ってくる人の話も聞きます。
つまり、総数ではあまり変わらない=参加人数は増えはしないと思います。
MOTO1以上に現在深刻な問題であると感じるのは、エリア戦(地方選手権と呼ばれ、MOTO1のアンダークラスで、全国を地域別に分けてレースが行われている。)の台数が伸びないことです。
関東ではmoto3クラスだけで30台近いエントリーが集まったりしますが、一方東北では全クラスの合計(=総エントリー台数ということになります。)で10台ぐらいだったりして、ほとんどが混走レースとなります。
地域によって差はありますが、関東以外のエリア戦の台数はあまり増えていないのが現状で、特に私の住む東北地方の伸び悩みが目立ちます。(東北地方を代表して・・・すみません。)
レースとは裏腹に参加者が増加傾向にあるのは、レアル1、スーパーターマックなどのライセンスのいらないレース、モタードスタジアムもてぎ、ADSM舞洲、MOTARDDAYZ(他にもいっぱいあると思います!)、そして各種スクールなどです。
実際に私たち仙台モタードの有志「陸奥(みちのく)組」でも今年主催したイベントがあります。
その名を「みちのくモタードパーティー」と言い、準備期間も約1ヶ月間と少なかったので、50台くらい来てくれたら良いなと思っていたら、なんと約100台の走行があり驚きました。
このイベントを通じて一番に感じたことは、サーキットを走りたくてもなかなか来ることができない、つまりサーキットを走ることに慣れきってしまった私たちの視線からは見えないハードルの手前にいる人が意外に多いことに気付きました。いきなりレースというとハードルが高く、興味だけで終わってしまう人が多いのではないか? まずはとにかく走って楽しんでもらうことが大切ではないかと切に思いました。


「みちのくモタードパーティー」のひとコマ・・・走ることの楽しさが原点!

そして、MOTO1も全日本選手権になってまだ3年、色々廻りからはどうなんだと言われますが、そんなに早く定着するはずがないと思っています。
後2〜3年は現状維持だと思います。
だって、ロードレースやモトクロス、トライアルは1960年代からずっとやっているんですよ。
私がモタードを始めたのは2000年、走るところさえありませんでした。
イベントは、自分も関わり少しずつ数が増えてきました。
今は、どのイベントに行こうか選ぶこともできます。
走れるコースも増えました。
こうして見れば着実に進歩していると言えるのです。
ですからもう少し、後もう少し浸透するのを待ちたいと思います。
とにかく今まで積み重ねてきたことは着実に根付いていると感じます。
参加すること、走ることが楽しいと感じるイベントには、参加される方が間違いなく増えてきました。
観ることを楽しむイベントとしてのMULTIPLEXGAMESTOKYO人楽交感まつりなどについてもその集客率には素晴らしい物があります。
このように土壌は着実に出来上がってきていると思いますので、スーパーモタード人口の総数がもう少し増えて、お気軽レースから本気レースに移行する人たちがあと少し増えれば、きっとMOTO1がもっと盛り上がる日が来ると思います。
ポジティブに考えたいと思います。・・・何もないところからここまで来たんですよ。
他のカテゴリー(ロードレースやモトクロスなど)でも、内容は素晴らしいのに集客に苦労しているんです。奪い合うのではなく、総数を増やしていく努力が必要だと思います。


「GAMES TOKYO」のひとコマ・・・ナイトイベントであることが“ワクワク感”に拍車をかける。

そしてもうひとつ明るい話題があります!!
今年はヤマハからWR250Xという公道用モタード車両が新発売されました。
この時期、排ガス規制によりカタログ落ち(販売中止)するバイクが多く、新規車両が出てこない250ccクラスに完全新設計の車両を出してきたヤマハさんに感謝したいと思います。
ワンメイクレースとかどうですかね?
レンタル車両とかあれば良いんですけどね、って誰が金を出すんだって話になってしまいますが。


「GAMES TOKYO」におけるYAMAHA WR250Xの解体ショーに出演。かなりの人が集まってちょっと緊張しました。

●マルケジーニ”M10S Motard”の評価
@マシンセッティングの方向性
私がマルケジーニホイールを使用し始めて、一番大きく変わったのは空気圧です。
以前は堅目のバネを使用していて、タイヤは空気圧を低くしてチャタリングを防止していたのですが、オフロードセクションの走りにくさと、リム打ちの危険性の回避、タイヤの変形を抑えてタイヤ自体の旋回力を出したいとの思いから、今年は空気圧を高めに設定して使用していました。
空気圧が高いと接地面積が減るために、ハンドリングが軽くなります。
それに加えて、マルケジーニのホイールを使用する事により、剛性が高いこともあり(スポーク部分のたわみが少ない)さらにクイックな動きをすることが可能になりました。
結果的に、柔らかいバネを使用しても以前よりもタイムアップをすることが可能になりましたし、雨や滑りやすい路面など以前より多くの状況に対応できるマシンに仕上ることができました。
先日、久しぶりに他人のCRF450Rに乗りましたが、自分のマシンのハンドリングが軽いのをあらためて感じました。
逆に私のマシンに乗った相手も、ハンドリングが軽くて驚いていたようです。
Aメンテナンス特性
このホイールを私はレースで使用しているために、タイヤ交換の回数もとても多いと言えます。
そんな中でも、マルケジーニはチューブが無いことやバランス率の高さからウェイトを貼る作業も含めて、短い時間で終えることができます。
最近では、スポークホイールのチューブレス化も多く行われていますが、やはり空気漏れのトラブル(施工の不完全さ)、スポークが折れたりした場合の補修作業の猥雑(わいざつ)さ、タイヤのミミの上がりにくさ等、信頼性とメンテナンス性においてはマルケジーニが断然優れています。
レース現場で作業をしていると時間に追われることが多いため、確実に作業を終えることができるマルケジーニには感謝です。(特にメカニック無しという環境で走っている私にとって、こうしたことは非常に重要なことなのです。)


マルケジーニを装着して、走りの奥深さを感じていると同時に充実感も高いレベルにあります。

●2008年活動予定
来年は今年と同様一歩引いた立場から、盛り上げ役やサポートをしていきたいと思っています。
筑波サーキットも走ってみたいですね、私の原点は1999年筑波を走っていたB・シャンボーンを見てからですから。

OPB wrote

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